2016年04月01日

日本
特許・実用新案
判例紹介・解説

知財高裁大合議判決:均等論

第1 本件判決の概要
   本件は、先行医薬品メーカーである原告(被控訴人)が後発医薬品メーカーなど4社を特許権侵害で訴えた事案についてのものであり、一審判決(東京地判平成26年12月24日)、控訴審判決(本件判決)ともに、均等侵害を認めたものですが、控訴審の知財高裁は、いわゆる「大合議事件」として本件を審理し、以下のとおり、ボールスプライン事件最判(最高裁平成10年2月24日)が定立した均等侵害の5要件について、画期的な解釈基準を打ち立てました。

1. 均等の第1要件(非本質的部分)について
(1) 本件判決は、均等の第1要件について、その判断手法につき、「本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(・・)とその効果(・・)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。・・・,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され(・・・),②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される」と判示しました。
   これまでの裁判例では、本質的部分を認定するに当たって考慮すべき事情として、明細書の記載、従来技術、出願経過が参酌されていましたが、本件判決は、上記のとおり、原則として明細書に記載の従来技術、例外的に明細書に記載されていない従来技術との比較から、本質的部分を認定すべきとしました。ここで注目すべき点は、考慮事情として、出願経過が挙げられていない点です。これは、出願経過に係る事情(意見書の意見や補正の経緯等)は、第5要件の意識的除外の有無において考慮すべき事情であることを、暗に示したものと解されます。
   また、最も注目すべき点は、本質的部分が、「従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合」には、「上位概念化したもの」として認定されることを、明確に認めた点です。従前の裁判例において、特許請求の範囲の記載を上位概念化することを認めた裁判例は、ほとんどなかったように思います。本質的部分の認定について特許請求の範囲の記載の上位概念化で認められれば、均等が成立する範囲もその分拡大することは明らかでしょう。
(2) さらに、本件判決は、「また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく・・」と判示して、いわゆる構成要件区別説的な手法を明確に否定しました。当該手法は、従前の裁判例において、均等侵害を否定する最も典型的なパターンでした。これが明確に否定されたことにより、第1要件の拡大活用によってほとんどの均等侵害を否定してきた従前の運用は、今後改まることが期待されます。

2.均等の第5要件(特段の事情)について
   本件判決は、均等の第5要件について、「特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における『特段の事情』に当たるものということはできない」が、「出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における『特段の事情』に当たる」と判示しました。
   上記の判示は、従来からの争点であった、いわゆる「出願時同効材に対する均等論適用の可否」という問題について決着をつけるものです。すなわち、出願時に既に存在していた他の物質、技術との置換については、それが出願時に容易に想起することができたにもかかわらず、あえて特許請求の範囲に含めなかったのであるから、当該他の物質、技術に置換した構成は意識的に除外したものとして、第5要件を否定すべき場合が少なくないとする見解が、ボールスプライン事件最判の最判解説(調査官:三村量一)によって有力に主張されていましたが、本件判決は、このような場合であっても、原則として、第5要件の「特段の事情」に当たるとはいえないと判示しました。

第2 本件判決の影響
   従前は、均等侵害が主張されても否定されるケースがほとんどでしたが、その否定の理由として多用されてきたのが、第1要件(非本質的部分)と第5要件(意識的除外)でした。本件判決は、上記のとおり、この2つの要件のそれぞれについて、均等論の適用をより肯定する方向での解釈基準を示しました。よって、今後は、本件大合議判決が最高裁によって覆されない限り、本件判決の基準に従って均等侵害が認められる事例が大幅に増えることが予想されます。特許権者にとっては朗報ですが、他社の特許権を回避する立場からすれば、今後は、より一層、均等侵害の可能性についても十分な検討をしなければならないでしょう。

以上